「国連こども環境会議inイーストボーン」で発表する日本代表の子供たち

「国連こども環境会議inイーストボーン」で発表する日本代表の子供たち

国連こども環境会議

国連環境計画(UNEP)主催の子供環境会議を日本で共催したり、海外での会議の開催に協力して日本代表を派遣。国際的な視点をもった21世紀の環境リーダーを育成してきました。毎回のテーマに合わせて各国代表による活動発表やワークショップ、野外ツアーなどの体験学習を通して、世界中の子供たちと意見交換や国際交流を行い、子供ネットワークを大きく広げました。

ニューヨーク国連本部で1987年から始まった「国連青少年環境フォーラム」(上は1992年の本会議風景)。総会議場や理事会議場に小学生から大学生まで約2千名が参加して、大人顔負けの意見発表やディスカッションを展開しました。

1992年5月にフォーラムの一環として、本会議場横のロビーで「第1回子供環境絵画展」をUNEPと共催した際に、それまで日本代表が参加していなかったことを知り、FGPEが翌年のコロラド会議から毎回日本代表を派遣するようになりました。

1995年からは10才から14才だけの「国連こども環境会議」がスタート。15才以上の「国連青少年環境フォーラム」と別になり、それぞれ世界各地で開催されるようになり、毎回日本代表団を派遣することになりました。

日本代表を初めて派遣した「国連青少年環境フォーラムinコロラド」(1993年、コロラド大学)

日本代表の子供たち(「国連青少年環境フォーラムinバークレー」(1994年、カリフォルニア州立大学バークレー校)

日本に誘致してUNEP、島根県と共催した「国連地球環境子供サミットinしまね」(1994年)

(上・下)1995年から始まった「国連こども環境会議」(英国イーストボーン市)

小中学生だけの初めての国際会議には、世界80ヶ国から800名の子供代表が参加。FGPEの企画協力でNHKテレビがドキュメンタリ-番組「エコ・キッズ」として放送して、子供たちの意識の高さと行動力が反響を呼んで「環境映像賞」を受賞し、その後の会議もシリーズ化されました。

「国連青少年環境フォーラムinソウル」(1997年)には日本代表と共にケニアとネパールの留学生も派遣

(上・下)ケニア・ナイロビ市の国連環境計画本部で開催した「国連こども環境会議inナイロビ」(1998年)

日本代表の丸野遥香さん(小5)が、自身が社長を務めるファミリー企業の環境ビジネスについて発表し喝采を浴びました。その年のTIMES誌が選ぶ「世界で活躍する子供たち10人」にも選ばれ、現在はグローバル企業で活躍されています。

本会議に並行して実施されたワークショップ風景

毎回様々なワークショップや野外ツアーなどの体験学習プログラムを通じて、環境問題への理解を深め、自らが行動を起こすきっかけ作りを行いました。

「国連こども環境会議inナイロビ」では、ナイロビ市内の市場で野菜くずを集めて堆肥を作るワークショップに日本の子供たちが挑戦

(上・下)「国連こども環境会議inイーストボーン」(2000年、英国イーストボーン市)

「国連こども環境会議inビクトリア」(2002年、カナダ・ビクトリア大学)では、FGPEが牛乳パックでハガキを作るワークショップを開催

「国連こども環境会議inコネチカット」(米国コネチカット大学)で各国代表と日本代表の子供たち

2005年「愛・地球博」関連事業として実施した「こども環境サミット2005(主会場・愛知県豊橋市)は、「持続可能な社会に向けて行動を起こそう」のテーマのもとに世界65ヶ国から650名が参加。FGPEは7年前から会議誘致の調整役として開催に協力しました。

 

国内子供環境会議
「地球の秘密・駅伝シンポジウム」

日本国内では「地球の秘密・駅伝シンポジウム」を各地の自治体と開催。坪田愛華作・環境漫画「地球の秘密」をテキストにしながら、子供たちが環境問題について話し合い、リレー式に全国へメッセージをつなげていきました。

「第1回駅伝シンポジウムin出雲」(1993年)で坪田愛華ちゃんの故郷からスタート

「第2回駅伝シンポジウムin札幌」(1993年)

「第3回駅伝シンポジウムin大阪」(1993年)

「1993国連青少年環境フォーラムinコロラド」には、「駅伝シンポジウム」の提言文と特製タスキを日本の子供たちからのメッセージとして届けました。

「第9回駅伝シンポジウムin広島」(1996年)

「第10回駅伝シンポジウムin千葉」(1996年)、「エコメッセ千葉」の一環として、その後も千葉県、千葉市、幕張地区企業グループなどと6年間にわたり共催しました。

 

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